クーリエジャポン最新号に載っている田淵さんのインタビュー記事を読んだ。その中に「個々人がネット上の「誰か」ではなく実名で自分の意見を出してほしい」的な内容があった。記憶なので正確じゃないかもしれないが。
この間、東北を取材に来たとあるジャーナリストも「さんざん話してくれた後、最後に名前を出してもよいか尋ねたら途端に拒否された」と、名乗らぬ人々についてなんだか困っていたようだった。発言したのは「●●町の誰か」で、情報をくれたのは「●●市の誰か」という風にしか書けないんじゃ、確かにしまりがないなあと思う。
**
根本さんの記事を出して1週間ぐらいになった。まあ、やはり時間も経っているし、専門家の話でもないので前回と比べるとそんなに反響はない。
旅・カルチャーの雑誌に、原発事故についてのシリアスな記事を寄稿することに一体何の意味があったのか。
まず、PAPER SKYのアウトサイダー的な立ち位置を考えたら、ソフトな東北支援のメッセージだけでなく、原発事故についても独自のスタンスで踏み込んでほしい…という個人的な願いがあった。(編集長もそれを理解してくれたと思う)
またもっと個人的なところでは、石巻でボランティアした時に聞かされた「放射能を気にすることは恥ずかしいことだ」的な発言や「正しく何とか」と体よく宣う頭のよい人達の層に激しい怒りを覚えたこと、その一方で現地の人(漁業関係者)は放射能を心配している…ということが分かったこと。そんな現実世界のコントラストを目の当たりにしたことが、実際にインタビューをして記事を書く直接の動機になった。
僕の本来の畑であるデザインと放射能とは全く関係のない話題だけど、アプローチするやり方はデザインから学んだことをそのまま生かしている。僕より英語が堪能な人は沢山いるけれど、どの方向に話題を振られてもある程度ついていってその人らしさを引き出せる自信はある。テルアヴィヴで学んだように有名人相手にはよりストレートにぶつかっていく。相手が有名かどうかは自分の意見に一切関係がない。
IDEO.orgは結局僕を選ばなかったけれど、自分は絶対役に立ったのに、という思いはある。
なんにせよ、これからだ。
この間、東北を取材に来たとあるジャーナリストも「さんざん話してくれた後、最後に名前を出してもよいか尋ねたら途端に拒否された」と、名乗らぬ人々についてなんだか困っていたようだった。発言したのは「●●町の誰か」で、情報をくれたのは「●●市の誰か」という風にしか書けないんじゃ、確かにしまりがないなあと思う。
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根本さんの記事を出して1週間ぐらいになった。まあ、やはり時間も経っているし、専門家の話でもないので前回と比べるとそんなに反響はない。
旅・カルチャーの雑誌に、原発事故についてのシリアスな記事を寄稿することに一体何の意味があったのか。
まず、PAPER SKYのアウトサイダー的な立ち位置を考えたら、ソフトな東北支援のメッセージだけでなく、原発事故についても独自のスタンスで踏み込んでほしい…という個人的な願いがあった。(編集長もそれを理解してくれたと思う)
またもっと個人的なところでは、石巻でボランティアした時に聞かされた「放射能を気にすることは恥ずかしいことだ」的な発言や「正しく何とか」と体よく宣う頭のよい人達の層に激しい怒りを覚えたこと、その一方で現地の人(漁業関係者)は放射能を心配している…ということが分かったこと。そんな現実世界のコントラストを目の当たりにしたことが、実際にインタビューをして記事を書く直接の動機になった。
僕の本来の畑であるデザインと放射能とは全く関係のない話題だけど、アプローチするやり方はデザインから学んだことをそのまま生かしている。僕より英語が堪能な人は沢山いるけれど、どの方向に話題を振られてもある程度ついていってその人らしさを引き出せる自信はある。テルアヴィヴで学んだように有名人相手にはよりストレートにぶつかっていく。相手が有名かどうかは自分の意見に一切関係がない。
IDEO.orgは結局僕を選ばなかったけれど、自分は絶対役に立ったのに、という思いはある。
なんにせよ、これからだ。