フランスの放射能測定所の代表にインタビューした記事がもうすぐPaperskyのウェブサイトに掲載される。
氏の滞在する大阪まで話を聞きに行ってきたのはほぼ1ヶ月前。ちょうどPapersky本誌が東海道を特集したので、自分は夜行列車を使って東海道線を旅しよう、ということで「青春18きっぷ+夜行快速列車ムーンライトながら」を移動手段に選んだ。何とも安直な発想である。
ところがこの移動、予期せぬ形で大変なものになってしまった。
8月の頭に、駿河湾を震源とする強い地震が起きたのを覚えていないだろうか。僕が大阪に向かったのは、まさにその地震が起きた晩だった。
まず小田急線で小田原へ向かい、0:25発の「ムーンライトながら」に乗ってまずは大垣、そこから電車を乗り継いで大阪に向かうのが、当初の予定だった。小田原駅には少し早めに着いたので、仕事のまとめと翌日の準備をするために駅前の古いビルに入っているネットカフェに向かった。
しばらくすると久しぶりに地震警報が鳴って、ほぼ同時に下から突き上げるような強い揺れに襲われた。小田原では震度3か4ぐらいだっただろうか。シーンと静まり返った店内で、客が周りを不安そうに見回す。
時間を見計らって、JRの改札口へと戻ると様子がおかしいことに気づいた。地震の影響は僕が考えていたよりもずっと大きく、東海道線は全て運転見合わせ。再開の目処も全く経っていない。当のムーンライトながらは国府津駅で足止めされているとのこと。しばらくして改札から入場することはできたが、そこからまさか朝まで待つことになるとは…
乗客達もだんだんとイライラを募らせていく。「運行していただけるんですか!」と駅員に詰め寄る乗客達。改札口付近は殺伐としていた。しかしいくら時間が経っても何の見込みも立たないまま、多くの人達がホームに停車したままの普通列車の中で一夜を明かすことになった。
6:00過ぎ頃になって、ひとまず運行再開の目処がたった。中には東海道新幹線で移動しようとする人もいたが、僕はアポイントの時間まではかなり余裕があったし、必要な連絡は予めしておいたので、覚悟を決めてこのままムーンライトながらで行くことにした。
国府津駅でずっと足止めされていたムーンライトながらがようやく小田原駅までやってきた。ほとんど眠れていなかったので、車内の座席にもたれかかるとずいぶんと落ち着いた。
列車は湯河原まではのろのろと進んでくれたのだが、そこから先のJR東海管内に入ることができずしばらく立ち往生。まともなスピードで走り出したのは、静岡を過ぎてからだっただろうか。少し眠ったり、インタビューの質問を見直したり、本を読んだり…それなりに有意義に過ごして、大垣に着いた。7時間遅れだった。
体力任せの旅にはなったが、結局インタビューも無事行えたし、色々な人間模様も見ることができて、なかなか楽しい(?)旅だった。おおいに無駄はあるけれど、成り行きに任せてこんな時間を過ごすのも悪くはない。
