Sep 10, 2011

「あの時」のこと。

先月実家に帰省する途中の電車で座っている時だっただろうか。あの地震から2週間ぐらいの記憶がようやく薄らいできたように感じる瞬間があった。

もちろん、とっくの昔に思い出さなくなった人もいるだろうし、未だに忘れられない人もいるだろう。

3号機が爆発したのは、確か友人と電話している時だった。受話器を片手に、煙を上げる三号機をテレビで見た時、心底恐ろしくなった。

地震から2週間ぐらいは怒濤のように様々な出来事が降り掛かってきた。次々と起きた原発での爆発。計画停電、電車の運行が無くなりパニック状態の最寄り駅。東京にも14〜15日、21〜22日頃に、相当量の放射性物質が降り注いだ。

「お前は避難しないのか」という連絡をいくつももらったこと。戸を閉め切ったり、マスクをしたりしたこと。東京がどうなっているのか色々な人達に聞かれたこと。放射能汚染で栃木の「かき菜」が出荷できなくなったその日に、母がその産地のかき菜を送ってきたこと(結局その時はゆでて食べた)。水道水が汚染され、街中のコンビニやスーパーからミネラルウォーターが消えたこと。

僕の場合は、この水の一件が起きるまでの間の記憶が、ものすごく短い時間に圧縮されている。

それからも数えきれないほどのニュースが流れ、色々な言説があちこちから飛び交い、時間が過ぎていった。

今、都心の街を歩いていても、何事もなかったかのように普通だ。自分もほとんど実感がなくなった。

しかし、少なくともあの時に恐ろしくない人などいたのだろうか?

 
撮影・聞き手:Ian Tomas Ash